箱に秘めたる払暁の刃

1,剣士と海賊 その7

 スティルチは、甲板の様子を気にする素振りを見せた。無論、そこに隙はない。
「あんたさえいなければ、上は持ちこたえるかと思ったが、そうもいかないらしい」
 同感だ。
 大砲の音は止んだが、船内の騒動は大きくなっている。ここまで降りてくるのも、時間の問題だ。
 仲間と彼が衝突することだけは、避けねばならない。到底かなう相手ではない。
 ショロトルとて、勝利の確信を掴めている訳ではない。どちらも退く気がないのなら、どちらかが倒れるまで斬り合うしかない。
 戦いは長引き、泥沼になるだろう。
 その間に、どちらかの増援が駆けつける。常人に太刀打ちできない使い手同士、周囲を慮る余裕のある斬り合いはできない。巻き添えで、無用な死人が出る。
 それでは、遅い。
 今、この場で決さなければならない。
 その為の切り札は、持っている。
 汗が滲むナイフを握り直す。
 ショロトルの持つ、グラディウスの聖痕を解き放てばいい。死そのものを体現するアルカナ。戦場に殺戮を呼び込む、奪う力の具現。
 それを使うということは、一分の隙なく情もなく相手の命を奪うと言うことだ。
 迷っている猶予はない。切り札を出し渋れるほど、甘い相手でもない。 
 次の一合で、殺す。
 金属だろうと生身だろうと関係ない。命あるものならば、死神から逃れることはできない。
 絶対的死の力を纏いショロトルは切りかかった。スティルチもツインブレードを振りかぶる。
 聖痕の光が閃いた。
 グラディウスのアルカナの力は、まだ放たれていない。
「悪いが、ここで決めさせてもらう」
 スティルチの声に呼応するように、ツインブレードが脈動する。
 命を持つ武器、器物に宿る聖痕。
 そのアルカナはディアボルス。宿ったものによってその加護を変える。
 魔剣から放たれた力は、戦神と同等の勝利の力。躱すことの能わぬ、絶対の一撃。
 剣速は限界より鋭く走り、ショロトルの反応速度を超えた。
 とっさに防御の構えを取ったナイフは、空を切る。剣先はすでに腕の中に迫っていた。
 胴を断つ一撃に、ショロトルはギリギリで逆の手にあったナイフを割りこませる。
 ツインブレードは止まらない。ナイフの背が脇腹に食い込み刃が折れ、肉の中で砕けた。
 それでも勢いを殺せない。
 このままでは、肺に届く。とっさの判断で踏ん張るのをやめる。足が地面を離れ、振り回されるままに身を委ねる。体が壁を突き破っても止まらず、砲弾室の木箱に背から突っ込んだ。
 横倒しの世界の中で、左の視界が血で赤い。スティルチが穴の空いた壁を潜って、近づいてくる。
 立たなければ、追撃がくる。
 体に命じるのに、動かない。折れずに残った方のナイフが手から滑り落ちる。
 せめて、一撃。それだけでいい。まだ聖痕の力は残っている。
 ナイフを拾え。そこにある足を切りつけろ。力の入らない指が、床を這う。
 ツインブレードが心臓を狙う位置に、あてがわれた。

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