箱に秘めたる払暁の刃

1,剣士と海賊 その6

 迂闊な船員が漏らした情報を頼りに、目的地に走る。
 途中、追っ手の位置を確認する。
 あの男は司令塔のない船の、精神的支柱になりうる。なるべく他の船員から引き離していたい。完全に撒いて追跡を諦めさせたら意味がない。
 振り向いた先で、男の体が膨らんだ。否、急加速して距離を詰めたのだ。
 手加減など許さない、全力で走らなければ補足される速度だった。
(なんであの図体で追いつく)
 胸中で悪態をついたところで、足が速くなる訳ではない。
 全力疾走で距離を稼いだが、武器庫の中身を始末する時間はない。
 部屋を閉ざすため、ショロトルはドアノブをナイフで叩き切った。まだ完全ではない。ツインブレードを振り回す膂力があって、扉が破れないとも思えない。
 ショロトルが足を止めたのを見て、男も立ち止まった。
 ドアノブの切断面を見て、眼光を鋭くする。そこが武器庫だからなのか、金属を切断したことを警戒してのことなのかは、わからなかった。
「あんたは海賊の仲間なんだよな」
 念を押すように男が問う。
「確認が必要か?」
「必要だねぇ。誤解の可能性があると、太刀筋が鈍る」
 言いながら、ツインブレードを振るう。周囲の壁が吹き飛び、武器を振り回せる広さになった。
「負けた時の言い訳か? 心配しなくても海賊だ。全力で負けろよ」
「そうかい、ならこっちも存分にやれる」
 背を冷たい汗が伝う。
 狭い場所ならば優位に立ち回れるという考えは、甘かったようだ。武器庫はかろうじて部屋の体を保っているが、もはや武器庫を開く必要性を感じなかったか、火薬を気にしただけだろう。
 壁を壊したのは、戦い易い場所を作る必要からに違いはないが、もはや航行機能以外を慮る余裕がないということでもある。
「スティルチ・トゥラーレだ」
「聞いてねぇよ。随分とお上品だな」
「あんたは名乗らないのか?」
「お互い騎士様ってタイプには見えないね。名乗りを上げてなんの意味がある」
「墓石に刻む名前がわからないんじゃ、僕が困るだろう」
「はっ、生憎と縁がねぇな。お前の名前は書いといてやるよ」
 口で言うほど勝利は安くない。
 真正面から打ち合えば、力で押し負ける。
 ナイフの間合いで戦うのなら懐に飛び込むしかないが、ツインブレードは柄の逆側についた刃によって、長物の不得手とする手元の間合いを埋めている。
 無論、負けるつもりもないのだが。
 ショロトルが先に仕掛けた。
 迎撃の振り下ろしを受けると見せて、横に飛ぶ。壁の残骸を足場にして加速と方向転換。スティルチが剣を返すよりも素早く肉薄する。
 スティルチはガントレットで受け、突き飛ばして距離を取る。やはり間合いを埋めている武器といっても、懐まで潜り込まれれば対応できない。
 苦手とわかったなら素直に距離をとってやるつもりはない。
 突きを避け、下からすくい上げるように迫る反対側の刃も、ナイフで受け流す。間髪入れずに、隠していたもう一本のナイフで、切りかかった。
 ガントレットの隙間、関節部を狙う。腕の腱が切れれば、もう戦えまい。
 勝利を確信したナイフの刃が、金属音に弾かれた。
 体表で止まった刃が横滑りする。
 スティルチが膝蹴りで、ショロトルを引き剥がす。
 二人は、距離をとった。
 留め具を切り落とされたガントレットがずり落ちる。破れた服の隙間から金属の体が見えていた。
「義手か」
「さあ、どうだろうね。手だけなら義手であってるだろうが」
 顔は生身に見えるが、確信はない。その本性が機械人形であれば、致命傷を与えるのは容易ではない。だが腕以外の金属化を匂わせのは、はったりの可能性がある。
 触れれば分かるだろうが、犬猫でもあるまいし撫でさせはしないだろう。
「ナメるなよ。その気になれば、俺のナイフは金属も裂く」
「不意打ちの二刀、いかにも海賊らしいな」
「死にたくないなら、退いてもいいぜ」
「金で雇われた身とは言え、荷と乗客の命を背負っている。投げ出すことはできないね」
 後者に関しては、奪うつもりはないのだが。言ったところで信じないだろうし、説明する気もない。
 この男の実力は、単騎で戦況を覆しうる。ここで止めるより他なかった。

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