すぐに追いつかれるのだが、そのたびにハルバードで押しのけ、あるいは力づくで押し通りなんとか先に進んでいた。このままでは兵士の人たちに怪我をさせてしまう。
如何に体力が自慢でも、追いすがる兵士たちを引きずったまま進むのは限界に近い。目指す宿屋がようやく視界に入る。
ケレイブが、吠える。月の夜によく似合う、狼の遠吠えだ。
この街に獣人はほとんどいない。ノエルなら気づくはずだ。
横になろうとしていたノエルは、飛び起きた。
何が起きているのか把握できていなくても、するべきことはわかる。
宿を変えようと思っていたから、荷物はもうまとめてある。掴んで立ち上がった。扉を薄く開け、誰もいないことを確認してから廊下に飛び出した。壁に身を隠しながら、窓からそっと外を伺う。
ハルバードが宵闇に閃いた。ケレイブが兵士たちを相手に大立ち回りを演じている。
宿屋はすでに包囲されていた。出入り口の周りは特に厳重だ。
窓から出ることも不可能ではないけれど、目をそらすものがなければ下に降りるまでの間にすぐに見つかってしまう。出入り口を突破する方法を探すべきか、夜の闇に紛れられる可能性にかけるべきか。それとも隠れてやり過ごすべきなのだろうか。
四、五人が踏み込んでくるのが見えた。
猶予はない。逡巡していると手詰まりになる。
「見つけたぞ」
隠れ場所を探そうと身を翻した時、窓の下で声が上がった。体をこわばらせるが兵士たちは、誰もノエルを見ていなかった。彼らの視線は、宿の入り口に釘付けになって誰も二階を気にしていない。
今なら誰にも見られずに外に出られる。
窓を開けて外に出た。身体能力に自信がある方ではないけれど、なんとか足を挫かずに下に降りることができた。逃げ道を探して、通りを伺う。
表で何が起こっているのか、首を伸ばせばなんとか見ることができた。
入り口から兵士たちが弾き出されてきて、通りに大の字に伸びる。
「ひ、怯むな」
隊長らしき男が、馬上から叫ぶ。
「ヴォルフラム様の命だ。何としてもノエル・クリスティを捕らえろ!」
兵士たちが包囲網を狭める。その中心にいるのは、名指しされたノエル・クリスティではなく灰色髪の青年だった。
今なら逃げられる。しかしそれはケレイブとあの巻き込まれた見ず知らずの若者を見捨てるということだ。
「逃げるっす。ノエルちゃんには、守らなくちゃいけないものがあるっス」
こちらの位置はわかっていないけれど、そばにいることは察しているケレイブが叫んだ。
この場所で、できることは何もない。ならば、ケレイブの気持ちを無駄にしないために、できることが見つかるまで軽率なことはできない。
(ごめん、ケレイブ。後で絶対に助けにくる)
カバンに隠した箱に触れる。冷たく硬い、その手触り。
歯を食いしばりノエルはその場に背を向けて走り去った。