「お前、流石にバレてないとは思ってないよな」
裏口から武器屋を出て、人のいない場所まで歩いてから。彼は話を切り出した。わかっている。この海賊は粗暴だけど、頭の中身はそんなに単純じゃない。
「本当の名前はなんだ。言えないなら唯一はっきりしているファミリーネームの方で呼ばせてもらうが」
「ミカエラ・ゼネフェルダー」
「偽名じゃなかったのかよ」
ショロトルは舌打ちをした。
だって咄嗟に嘘の名前なんて思い浮かばない。じっくり考えていたら偽名だとバレてしまう。
「宝とやらの話もホラ話と見せかけて、心当たりがあるのか」
「領主の証を持ち出したの。代々ゼネフェルダーの人間にだけ、開き方を伝えられる特別な箱に入っている。到底お金に変えられるようなものではないけれど、嘘をつかない範囲で私が渡せる宝の情報と言えばそのくらいだった」
「街一つ贖える宝、か」
ミカエラは自分を大人をだしぬけるほどに、賢いとは思っていない。だから取引の条件に差し出す情報は、嘘でないことが絶対条件だった。ショロトル相手でさえ、貴族であることをすぐに見抜かれた。きっとレクター船長を相手に嘘を言ってもすぐに見破られただろう。
手元にないから渡すこともできないし、今どこにあるのかも知らない。宝の情報を持っているというのも嘘ではなかったけれど、渡せる情報が何もないというのも嘘ではなかった。
「父親を殺して領主の証を奪い、海賊を騙した。街が落ち着いた頃に戻って、正当な血筋を主張して領主の座に収まるか。完璧な計画だな」
ショロトルの言葉には棘があった。
「意地悪な言い方をするのはやめて」
「否定はしないんだな」
「ほとんど本当のことだもの。私は父を殺したし、街から証を持ち出した。あなたたちを騙した。言い訳できないわ」
嘘をつかないようにして、ずっと真実を言わないでいた。嘘をつかないというのと相手を騙さないというのは違う。それは卑怯なことをしてきたのはわかっている。
「大した悪党だな。今もお前の言葉からは罪悪感やためらいが全く感じられない」
「自分の決断を後悔していないもの。例え過去にもどってやり直したとしても同じ道をとるわ」
「血の繋がった父親を殺すような道をか」
「ええ、父を殺すような道を」
迷いのない返答を聞いた、ショロトルの顔が歪む。彼がなぜ痛みに耐えるような顔をするのか、その理由をミカエラは知らない。
父を死なせたのは取り返しがつかないことをだった。犯してはいけない罪を犯した。だからこそ、後悔はしないと決めていた。それは自分のとりうる最良の道だったと自分だけは信じて疑わないと決めていた。
「私の後悔はもっと早くなんとかするべきだったということにしかないわ」
父には領主の座を明け渡すつもりはなかった。止めるには誰かがああする以外になかった。他の誰かにやらせるくらいなら、その罪はゼネフェルダーの血筋であるミカエラがするべきだと思った。
もっと早く決断していれば、この街は少なくとも今ほど貧しくはなかった。宿屋の主人のようなあるいはそこで働く子供のような、やむを得ない小さな罪を犯さずに入られたんだろう。
「悪いことは何も知りませんって顔をしていたくせに、お前もこちら側の人間だったってわけだ。必要とあれば親兄弟もでも手に掛ける。心のない人殺しだ」
「違う」
「違うなら、なぜそんなことができた。お前の父親はお前を全く愛していなかったか。殺せるくらいに、憎い人間だったか」
「そんなことない。お父様は、優しかった。私には、私だけには優しかった」
「お前にとって、かけがえのない人間じゃなかったのか」
「お父様が殺した人たちだって、みんな誰かのかけがえのない家族だったのよ!」
自分が愛されてるのはわかってた。だからこそお父様がしていることを知った時、信じられなかった。家族を愛することができるのに、なぜあんな残酷なことができるの。
どうして、親を殺されて子供を失ってなく人たちの声が聞こえないの。処刑場で崩れ落ちて泣く人の絶望の声を、一度でも正面からうけとめらことがあるのなら、そんなことはできないはずだ。
許せなかった。
一番許せなかったのは、そんな悲劇の中で平穏を信じで疑わず、のうのうと暮らしていた自分自身。
父を手にかけるというのが、どんなに恐ろしいことであるかはわかっていた。わかっていたからせめてその罪の重さから目を逸らさないでいられるように、ナイフを選んだ。
それが生まれた時から背負っていたゼネフェルダーの名前。その責任を果たす方法を、他に知らなかった。