箱に秘めたる払暁の刃

箱に秘めたる払暁の刃

8,英雄の噂 その8

 店主はショロトルが、希望したナイフを取りに店に戻ってきた。
「ナイフは売れないんじゃ」
 在庫を取り出す手元を覗き込む。
「脅されちゃ仕方ない」
 それはそうだ。単なる脅しで済めばいいけれど、そうでないことは船での彼の振る舞いを見ていればよくわかる。
「ごめんなさい、ご迷惑かけて」
 ショロトルは絶対に申し訳ないなんて思わないだろうから、代わりに頭を下げた。
 店主はおかしなものを見た顔をした。子供が代わりに謝ることが、そんなに奇妙に思えたんだろうか。
 店主はしゃがんで、視線を合わせた。
「小僧。親切心で忠告してやる。長生きしたければ、あいつとは縁を切れ。いつか殺される」
「わかってる」
 利害の一致で行動しているだけで、今だって味方というわけじゃない。だが店主は首を左右に振って、否定した。
「いいや、わかってない。俺を脅していることや人を殺した事があるんだろうってところは、この際どうだっていいんだ。堅気じゃない連中には珍しくもない。誰だってどうしようもない事情ってやつがある」
 それは例えば、空腹の子供がパンを盗むようなこと。そんなことしたくないけど、しなければ生きていけない。
 裏稼業をしている人だって、全員が全員望んで悪人になったわけじゃない。
「だが、あいつは多分……、なんというか人を殺す才能がある。こんな生活をしていると、過去に別の選択をしていたら、別の人生を送ってたんじゃないかって思う事がある。例えば、小僧が悪党で俺が堅気って運命も、この世界のどこかにあったかもしれん。
 だが、あいつにはない。きっとどんな人生を歩んでいたとしてもあいつは人殺しで、裏稼業だ。命のやり取りをする以外のやり方で、人と関係を結べない。善良さや邪悪さは関係ない、そういうやつ生き方しかできないやつだ」
 断定する口調だった。
「なんで、そんなことわかるの」
「わかるんだよ。そんなに何人も見てきたわけじゃないが、この世界には、時折ああいうやつがいる」
 生まれた時から宿命づけられていたかのように、その力を開花させる人間がいる。誰に習ったでもなく、神から加護と才能を授かったとしか思えないような能力を発揮する人間が、確かのこの世界にはいる。
 そういう人間がなんと呼ばれているのか、聞いたことがあった。
「刻まれし者」
 あるいは、殺戮者。
「信心深い連中は、そういう言い方をするのかもしれんな」
 俺はそんなもん信じちゃいないが、と店主はいう。
 ならず者らしい考え方だ。
「表の世界にいるやつなら、人を守ったり導いたりすることに特別な才能を持つんだろう。だがこの世界に集まってくる連中の才能ってのは、そんなものばっかりだ。そして大体そういう連中は自分の才能から逃げられない」
「だから、ショロトルは理由もなく才能で人を殺すっていうの」
「ああいうのにとっちゃ、人の命は軽い。なんとも思わず殺すさ。さ、こいつを持ったら早いとこ裏口から出てってくれ」
 店主は、ナイフを押し付ける。なぜ自分で渡さないのかという疑問に先回りして、店主は疑問に答えてくれた。
「代金はもらった。話は終わった。俺はもうあいつと顔を合わせる用事がない」
 店主は裏口を指した。
「やっぱり裏口からなの?」
「クローズドの札が下がった店から、客が出てきたら不審だろうが」
 それもそうだ。他の客がいたら困ることをしていたのだというのがわかってしまう。
 ナイフを渡し店を出るまでショロトルは、必要なこと以外何も言わなかった。
 しかし彼が向けてくる目線の温度は、店に入る前とは違っていた。きっと、ショロトルはもう気がついた。
 私の正体。本当の名前。
 名乗らなかった、ゼネフェルダーという家名。

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