箱に秘めたる払暁の刃

箱に秘めたる払暁の刃

8,英雄の噂 その6

 見えない誰かにはばかるように、店主は身を乗り出して声を潜めた。
「で、何が聞きたいんだ」
「まずはこれと同じものを」
 テーブルに置いたナイフは刃が折れていた。美しい透ける刀身はケルバー水晶という特別な素材で作られている。見た目の良さから芸術品として価値が高く、儀礼用にも使われるが鋼よりも軽量で切れ味がいい。
 予備に持っていたナイフは鋼で、左右で重さが違ってしまって収まりが悪いのだ。
「勘弁してくれ。武器は売れない」
 店主は顔と両手を横に振って、拒否を示した。
 この街流の冗談かと思ったが、理解できないと表情で訴えても男の反応は変わらなかった。
「言いたいことはわかってるさ」
「表に掲げてある看板は見えてるよな?」
 武器屋の主人は苦々しい顔をした。
「武器屋だが、許可証を持っていないとダメだ。兵士か用心棒か、それも届出を出した雇い主から、許可証ってやつをもらってこなければならん。今の領主がそう決めたんだ。仕入れた数と在庫を調べられる」
「ふざけてるのか」
 目の前にいるのが珍獣か何かに思えてきた。
「こればっかりは勘弁してくれ。首を括られちまう」
「その程度のことで?」
「その程度のことでも、だ。この街で領主の意向に逆らう奴は、間違いなくあの世行きだ」
「そんなの、嘘」
 ミカエルが突然、声を上げた。
「嘘も何も事実だろうが」
「なんだいきなり」
 店主が突然、難をつけてきた子供を不愉快そうにみる。
 男二人に睨まれるとミカエラの勢いは萎み、口を閉ざした。
「邪魔だ。お前は店の方で待ってろ」
「わ、私も聞きたい」
「向こうにいても会話は聞こえる。誰か来たら呼べ」
「でも、閉店中だし」
 一体、この景気の悪い話の何がそこまで興味を引いたのか、理解に苦しんだ。
「閉店だろうとなんだろうと、要はある奴は入ってくる。お前は見張りだ」
「でも」
「お前がいると話しにくいんだ。あとで質問は答えてやる」
 しつこく食い下がるのを、なんとか宥めすかして部屋から追い出す。
 子供がいるのは話しにくいと、男も思っていたのだろう。ミカエルが出て行くと、男は肩の力を抜いた。
「で、なんでそんなことになってる」
「領主の女が殺されかけてからだ。この街からはありとあらゆる組織的なものが、徹底的に駆り出された。俺のギルドの連中は、そうやって一人一人消えていった。残っているのは、バカをやったら首を括られるということすらわからないバカだ。知ってるか、この街には禿鷲の巣すらないんだぜ」
 禿鷲の巣は、賞金首を追いかける巡回士が所属するギルドだ。それは犯罪者に対する抑止であるはずだ。治安のことを考えるならわざわざ街から追い出す意味がない。
「アルベルトの治世も最悪だったが、今はそれより悪い。首を括られた人間の数だけ比べりゃどっこいどっこいだが、俺たちみたいなのにとっちゃ地獄だぜ」
「そんなに悪いのになんで黙ってる。また頭を変えりゃいいだろ」
「簡単に言うな。目をつけられたら処刑される。新しい領主は道に外れたものを消して許さない。企みの影をどこからともなく嗅ぎつけて来やがるんだ」
「それでこの息苦しい街で、泣き寝入り決め込んでるってわけか」
「みんな英雄が救ってくれると信じている」
「英雄?」
 それは随分、胡乱な響きに聞こえた。

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