箱に秘めたる払暁の刃

1,剣士と海賊 その4

 男が一人、壁にもたれていた。
 船乗りではない、とショロトルは男の身につけた鎧をみて、即座に判断を下す。しかし、ただの乗客でもない。
 気だるげな立ち姿で一見でそうと悟らせない頑強な体。船が揺れても、体の軸が一切揺るがない。
 傍には、何かの冗談かと問いたくなる大剣二振りが立てかけてある。
 見られたのか?
 男の態度からは判断できない。舵に固定された船長や迫りつつあるソラルヤーダに視線が向かいかけるのを抑える。
 乗り合わせただけの傭兵か、この船の用心棒か。口を塞ぐべきか、誤魔化して凌ぐべきか。ショロトルの正体に気づいているのか、いないのか。この男を含めて先に甲板を制圧するべきか、船室に急ぐべきか。
 相反する二項が、頭の中を駆け巡った。
 結論が出るまでに要したのは、瞬きするほどの時間。
 こわばった表情は、急に声をかけられた驚きに見えただろう。
「どうしました?」
 にこやかに応じる。男もつられて、頬を緩めた。
 ショロトルの服装は、ただの船乗りと変わらない。違うのは隠すように身につけたナイフホルスターとその中身だけだ。
「忙しいところ悪いが、聞きたいことがあってね」
「仕事がありますから、手短に」
 腰に手を当てる風を装って、ナイフの柄に手を掛ける。
 甲板にいる人間に、ソラルヤーダが目視できるようになるまであとどれくらいだ。気を失った船員は、まだバレていないか。
「あんた、どこからこの船に乗り込んだ?」
 肌に刺さるような緊張が、二人の間に走った。
「言っている意味が、わからないな。港から以外どこから船に乗れるってんだ」
「へえ、港から。そいつはおかしい。僕は出港前に、船員の全員を調べた。あんたはみたいな奴はいなかったと思うんだがね」
 男が壁から背を離す。傍にあった大剣を手に取った。二振りの大剣に見えたそれが、柄で一つに繋がる。
 一振りだけでも両手剣相応の大きさと重量はあるだろう。それを二つ連ねたツインブレードを男は軽々と持ち上げていた。
「一体どこから湧いて出た?」
 男が構えた。滑り止めの革が、握り込まれてぎちりと音を立てる。
 ショロトルも、ナイフを抜き放って構えた。
 その後ろでソラルヤーダの船影と、掲げた海賊旗までもが視認できる距離に迫っていた。

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