見張り台の男の心中を占めていたのは、もっぱら暖かい部屋と酒のことだった。見張りの役は総じて退屈で、時が経つのが遅く感じられる。中でも夜の見張りほど辛いものはない。
ハイデルランドの夜は暗く、寒い。忌々しい霧は外套に染み込んで、じっとりと重く濡れていた。
骨まで冷えるこの場所を明け渡して、喉を灼く強い酒で体を温めたい。
代わりにこの場所に収まってくれる、交代の人員はまだだろうか。
結局、彼は後ろに人が立ったことに最後まで気づかなかった。
暗がりが深くなり、徐々に人の形をとる。夜霧を吸った影は濃灰色の髪になり、実体を得た体が赤褐色を取り戻す。
ショロトルは見張り台の縁に降り立つと、男の両の頚動脈を手で押さえた。
十数秒、それで十分だ。倍の時間をかければ命を奪うことすらできる。
声すら上げられずに気を失った男を、音を立てないようにそっと横たえる。
見晴らしの良い場所は、船内を観察するにも役にたつ。
甲板に出ている人数を確認する。夜霧の中の航行は気を遣う。今、舵を取っているのはこの船の船長だろう。
ヤードを走り、ブレースに飛びつく。そのまま重力の加速に任せて滑り降りた。体重をかけた分だけ帆が動き、気づいた船員が顔を上げる。
目が合う。驚きの後、怒りの表情。怒鳴られる前に、殴って気絶させる。
悪いな、と心の中で詫びる。自分の船なら間違ってもこんなことはしない。レクターに頭をかち割られる。
甲板に降りてからは、迅速に動かなければ誰かが気がつく。
見張りが交代するまで、あとどれくらいあるかもわからない。
走り、操舵輪を握る男の首を絞めて意識を落とす。
ロープで舵が動かないように固定したあと、船長の体を結びつける。帽子をかぶせ直せば、遠目にはまだ舵を取っているように見える。
これでこの船から司令塔が消えた。
先行したショロトルの任務は戦力を削ること。
圧倒的戦力差を作り出して、抵抗の意思を奪う。制圧が容易になり、互いの船の損害と死傷者は減る。沈みゆく船から慌てて戦利品を運び出すより、稼ぎがいい。
次は大砲だ。武器庫を見つけられるのが一番いい。
「なあ、そこのあんた」
船室に向かったところを呼び止められ、ショロトルは凍りついた。