一夜明け、スティルチは宿で食事をとっていた。今日は朝から領主の館に向かう。ヴァネッサに任務の途中報告をし、ノエル・クリスティと交わした約束を守るためだ。
酔っ払いが引き上げてしまうとまるで別の店だ。ツインブレードを立てかける場所の関係で、スティルチの席は一番隅のテーブル席と決まっている。
カウンターに子供がいた。ここ数日、見かけた覚えはないから新しい客か。旅人宿に珍しい年端もいかない子供。
店主と話すために一瞬外した頭巾からのぞいた髪は、金色をしていた。ここからでは目の色まではわからない。少年の格好をしているが、線の細い体つきは少女のようにも見える。
ひとり旅の子供。脳裏によぎるのは、ノエルの探し人の少女ミカエラ。
「ああ、あんたか。連れの兄さんは大丈夫かい? 死にそうな顔色だったが。まさか病気持ちじゃないだろうな」
対応する子供の声は小さくて聞こえなかったが、店主の声は朝の店内によく響いた。
連れがいるのであれば、少なくともひとり旅ではない。
(昨日の今日で見つかれば、苦労はないな)
ため息をつく。それでも名前か、せめて目の色くらいは確かめておきたい。
じっと観察していると、店主と目が合ってしまった。彼は慌てて目を逸らした。
その後、子供に対する態度が妙によそよそしくなり、声を低くして何を話しているのかも聞こえなくなってしまった。
真剣に観察するあまり目つきが悪くなってしまっていたか、彼自身に何か後ろめたいことでもあったのかのどちらかだろう。
子供はどうやらお湯を頼みにきていたらしい。同じ部屋で湯を浴びるような仲なら、連れの兄さんというのは家族か兄弟か。少女なら人前で肌を晒すことに抵抗が出る年頃だろう。
そうこうしているうちに少女は自室に引き上げていってしまい、スティルチは食事を食べ終わってそれ以上店に居座る理由もなくなってしまった。
領主の館に向かうには、広場を経由するのが最も明快なルートだ。街の中心にある広場からは放射状に道が伸びている。中でも城門から港に伸びる一本道はメインストリートだ。常に混雑しているが、方向感覚を失いやすい裏道を通るより結果として早く着く。
だが、急いでいるときに限って進みが遅い。広場に向かう人がやけに多い。少なくとも、朝はこんな有様ではなかった。
遅々とした歩みにうんざりとし、屋台の店先に避難する。
「広場に向かう人がやけに多いな」
店主は人の流れる方向を見て、眉をひそめた。
「ああ、あんたよその人か。しばらくはご覧の通りだ。諦めな」
「とはいっても、目的地があっちなんだが」
「そりゃぁ、災難だな」
店主は終始手元ばかりを見ている。努めて街で起こる出来事との関わりを絶っているようだった。普段はこうではない。曲がりなりにも港町の商売人なのだから、通りが混み合えば声高に客を呼ぶものだ。
今日は、街がやけに静かだ。
まるで、葬式の日。
「一体、何があるんだ」
「前領主の時から唯一変わらない、この街の日常さ」
顔を伏せ、店主は小声で呟いた。