手を振るケレイブの姿が見えなくなってから、ショロトルは口を開いた。
「逃げなかったのか」
責められるか怒鳴られるかすると思っていたのに、その言葉は単に驚いているだけのように聞こえた。
「そっちこそ、なんで助けてくれたの」
角材で殴られた経験などないし、あんな血が出るような怪我を負ったこともない。だからどれほど痛いかなんて想像もつかないけれど、なんの理由もなく飛び込めるような生易しいものではないと思う。
そんな目にあったのに、なんの怒りも苛立ちも向けてこない。
どんな人なのか掴みきれない。
初めて遭った時、あれほど理不尽に激し敵意を示してきた。言葉なんて通じないように見えた。
それなのにソラルヤーダを出てからは妙に静かで、かばってくれさえする。船長に命令されたと言うだけで、こんなに別人のように変わるものなんだろうか。
「ねえ、ショロトル」
名を呼ばれた海賊は、足を止めた。
船の中で何度もそう呼ばれていたから、知っていた。ただ彼は一度も名乗ってくれなかったし、今まで呼ぶ機会がなかっただけだ。
「ショ、ショロトルさん」
馴れ馴れしくてダメだったかと思って言い直す。
「ショロトルでいい。ショロトル・ストレリチア」
平民らしくない名前だ。それに異国風でもある。赤銅色の濃い肌の色は船乗り特有の日焼けかと思っていたけれど、地黒なのかもしれない。
「わかった。ショロトル、助けてくれてありがとう。逃げ出してごめんなさい」
情報を渡さずに逃げ出そうとした。その結果、襲われた。少なくともそのことに関しては、謝るべきだしお礼を言うべきだと思った。
彼だけではなく、親切にしてくれたレクター船長に対しての、裏切りだったのだから。
「別にいい」
返事はそっけない。
何か続けたそうに口を開けたけれど、そのまま唇を閉じる。
会話をつなぐような気楽な世間話が話題が二人の間にあるわけはなく、二人顔を見合わせて黙り込んだ。
「……俺も、悪かったな」
長い沈黙の後、ショロトルは小さな声で言った。
何を言われたかわからずにぽかんとすると、バツが悪そうな顔で言葉を続ける。
「船で脅して。大人げなかった」
ほとんど同じ年のくせに。
思わず笑ってしまった。