「あ」
ぶない。
呆けていた口から出た警告は、あまり必要がなさそうに見えた。
落ちていた角材を振るった動きは、腰が引けて力が入っていない。手からすっぽ抜けて何処かへ飛んでいきそうだった。
だが、それが胴を打った瞬間、海賊の体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
苦悶の声をあげ、殴られた場所を押さえる。
どうしてそんなことで、という疑問にシャツに滲んだ血の染みが答えていた。
「ハハ、こいつ調子に乗ってた割に全然強くねぇ」
男は勢いづいて角材をふり下ろす。
一回、二回と殴打音が連続する。耳を覆いたくなるような音がした。
「やめて」
全然好きじゃない人。怖いし、きっと優しくもなくて、すぐに怒る。
それでも殴られたのかと聞いた時の目の鋭さは、たぶん私のためのものだった。
お願いだから、殺さないで。
「そこまでです!」
路地に響いた吠え声が、振り下ろされた凶器を止めた。
重鎧にハルバードを構えた戦士が、昇ったばかりを朝日を背に受けて仁王立ちしている。
腕に巡回役の兵士である証が、燦然と輝いてる。
男の顔から血の気が引いた。慌てて武器を投げ捨てる。
「見回りだ、おい、逃げるぞ」
仲間を助け起こすと、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
路地裏に残された海賊は、よろめきながら身を起こした。
「大丈夫ですか、無理しちゃ駄目っス。とにかく病院にいきましょう」
戦士は、軽々と海賊を担ぎ上げた。
「君も、ほっぺた赤くなってます」
顔を隠し頑強な全身鎧を纏っていたが、砕けた言葉遣いのおかげで怖くはなかった。
差し出された手を取ろうとする。その肩にぐったりとして動かない海賊がいた。
今なら逃げられる。追いかけて来ない。
本当に、一緒に行っていいの?
いつまでも握られない手を、戦士は所在なさげに引っ込めた。視線を辿り、海賊に注がれていることに気づくと、取り繕うように言う。
「だ、大丈夫ですよ。怪我は酷いですけど、きっと助かります」
宝の話なんて嘘。
エスメールに無事にたどり着くために利用しただけ。海賊たちには、私との約束を守る理由がない。
しかも彼は私を嫌っていた。嘘をついたのがバレたら、ただですむ筈がなかった。
なんで助けたの。
あなたが一番、疑っていたんじゃないの。
名前も理由も全部が、嘘。その怪我と流れた血だけが本物。
私の嘘は、命をかけるほどのものだった?