振り返る。ぶつかった人が舌打ちをする。
振り返る。まだきていない。大丈夫、まだ追いつかれていない。
落ちそうになる帽子を押さえる。
無事にエスメールの街にたどり着けた。ここまでは全部うまくいっている。
あとはどうにかして、海賊を振り切って逃げなくちゃ。
バレる前に。見つかる前に。
宝の場所なんて、本当は教えられない。私の手元にはない。
後ろばかりをみて走っていたので、前から来た人にぶつかった。
鼻の奥がツンと痛い。足がもつれて数歩下がると、背中にも誰かの腹が当たる。
「あ、ごめんなさ……」
相手の男の人相を見て、言葉が途切れた。ぶつかった男と後ろの男。
素早く二人の男が道を塞ぎ、視界が暗くなる。全部で四人。
「人にぶつかって、ごめんで済まされると思ってるのか」
腕を強く掴まれた。通行人が目をそらして足早に去る。
「いや」
抵抗しても振りほどけない。指の食い込んだ腕が痛いだけだった。踏ん張った足が石畳の上を滑る。暗い方に引きずられた。
「離して」
腕から引き剥がそうと爪を立てると、ぱんと乾いた音が頬を打った。帽子が足元に落ちる。
衝撃が熱さになる。殴られたんだという理解と共に、熱がじんわりと痛みに変わった。
「このガキ財布も持ってない。ただの浮浪児じゃないか」
「それにしちゃ小綺麗だ。使いようによっちゃ金になる」
呆然した頭の上で言葉が交わされる。
我に返って、腕を掴む手に噛み付く。
「クソガキ!」
腕を振り上げた男に、灰色の風が飛来した。
乱暴に引き剥がされ、小麦袋を地面に投げ出したような重い音。
殴りかかろうとしていた男は、地面に倒れてのたうっていた。
代わりに肩を掴むのは、灰色髪の海賊だった。
肩で大きく息をし、汗を拭う。
肩越しに睨む視線の鋭さに、体がこわばった。
凄く、凄く怒っている。
「殴られたのか」
「え?」
何を聞かれたのかわからず、返事をしそびれた。
「なんだよお前、やろうってのか」
残った男たちの顔には、仲間を殴り倒した闖入者に対する焦りと怒りが見えた。
だが相対しているのが年下の若者ただ一人だけだとわかると、勝ち誇ったような笑みを見せた。
「正義の味方気取りか、後悔するぞ」
「柄じゃない」
対する答えは短くシンプルだ。
膝に手をついて息をしていたが、男たちが攻撃の体制をとると腹に力を入れて呼吸を鎮めた。
体を傾けた奇妙な構えを取る。
倒れた男が一人。残りは三人。
男たちは顔を見合わせて一斉に飛びかかった。
正面の一人が蹴りで弾き返された。殴りかかった手を片手でとめるとそのまま相手の腕を引っ張り、盾にしてもう一人の攻撃を防ぐ。
体制を崩した男たちを押し返して間合いを測ると、拳を叩き込む。
重さが違う。素人にもわかるほど明確に音が違った。
そしてその全てを、彼は右手一本でこなしていた。
三人の男が倒れたのを確認すると、また大きく息をする。余裕ぶって片手で相手をした割に、消耗しているようだった。
その後ろでゆっくりと、最初に殴られていた男が立ち上がる。