運命の集う街 その5

箱に秘めたる払暁の刃

6,運命の集う街 その5

 通行人を押しのけて進むと、迷惑そうな表情が次々と現れる。銀の髪はない。
 相手が歩いていたのなら、いくら何でも追い抜いたろうというところで振り返る。
 いない。どこにも見えない。
「私を探しているんですか?」
 不意を打つように、声がかけられた。
 声の主の顔は想定よりも低い位置にある。陽に透ける銀色の髪をした小柄な少女が立っていた。日焼けを知らぬ肌と、サファイアの色をした瞳。
 違う、こんな鮮やかな色彩ではない。
 あの海賊の髪はもっと暗い。雨雲のような色をしていたのではなかったか。それこそ闇に溶けるような。
 顔をのぞき込む少女の視線で、ようやく目の前のことに意識を戻した。
「ああ。人探しの最中でね。あんたが知り合いに似ていたんだ」
 表情を気だるい笑みに張り替える。
「それにしては、怖い顔をしていたけど」
 少女はにっこりと微笑む。
 気取られるほどの殺気を出したつもりはないのだが。子供ゆえの勘の鋭さというやつだろうか。
「そいつは職業柄だなぁ。勘弁してくれ」
「そう」
 その笑顔には、何も含むところはない。ないように見える。少なくとも間諜のような隙のなさや、相手の反応を観察するような目つきはない。
 それなのに、腹の底が妙にむずむずとするのはなぜだ。
「私も人を探しているんです」
「それは、この街の人間に聞いた方がいいだろうな」
「職業柄、人の出入りを見ていたんじゃないかと」
「驚いたね。僕の仕事を知っているのか」
「日がな一日、往来に立って行き交う人を眺めている仕事ですよね?」
 今、暗に無職だと揶揄されたか。
 いや、ムキになっても仕方がない。他人からみれば、なんの仕事もなくぶらついているのは確かだろう。
「一体、誰を探しているんだい。親御さんかな」
「大切な友達を」
 彼女の言葉には、冗談ではすまされない切実さがある。
 可愛らしく微笑んでいた少女の顔からは、子供らしさが消えていた。
「年の頃は、私と同じくらい。上品な金色の髪と青い目をした女の子。きっと一人旅だから、目立つと思うわ」
 確かに、こんな小さい子供が一人旅をしていれば目立つ。何か複雑な、あるいは過酷な事情があるのだろうと勘ぐる。記憶に残るだろう。
 そんな子供はいなかった、と断言できた。
 偶然に声をかけた相手がスティルチであったのは、幸運だ。
 もともと街を出入りする人間には注意していたし、門番連中や巡回にも確認を取れる。任務のついでに聞いてくるなら、さしたる手間ではない。
「見たことはないねぇ。だが、気にはかけておこう。名前は?」
「ミカエラ」
「ミカエラ、ね。君は?」
「ノエル・クリスティ。城門に一番近い宿にいるわ。微睡む鯨亭」
「スティルチ・トゥラーレだ。何かわかったら知らせよう」
「ありがとう、優しい人」
 ひらり、と手を振ってノエルは立ち去る。
 少女の去った後の通りは、彼らなりの日常を賑やかに送る人の波があるだけだ。
 街は今日も一日、実に平和だった。

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