Noisy Creature

箱に秘めたる払暁の刃

6,運命の集う街 その4

 帰港してから数日後、スティルチは護衛の任を解かれて領主の館から去った。
 元々ヴァネッサの一存で雇われていた私兵。大任を仕損じ主人の不興を買ったのなら、居場所などあるはずもない。
 というのが、建前だった。
 実際はヴァネッサに密命を与えられ、街に降りたのだ。
 正しき統治者を示す証は、エスメールの街に於いてしかその価値を発揮しない。悪用しようとする人間の手に渡ったのなら、必ず街に持ち込まれる。
 保守派の人間がヴァネッサを引きずり下ろし、都合のいい統治者を立てようとしているのなら、先に彼らを押さえてしまえばいい。
 だからスティルチは、街に降りた。
 保守派残党の勢力が見つからなかったのならそれでいい。証を悪用する人間などいない。街は平穏だということだ。
 船を襲った海賊も、単なる金品が目当て。売り払われた箱は、使途不明の骨董品として市井に流れ、またいつか見つかるだろう。
 警戒すべきは、海賊と保守派残党が手を組んでいた場合だ。ワードック一味の戦力が保守派残党についたとしたら、ヴァネッサ率いる革新派の地盤は大きく揺らぐ。
 それは最悪の想像のはずなのに、スティルチはそうであればという望みを心のうちに見出していた。
 海賊が保守派残党が繋がっているのなら、あの二刀使いは街にくる。
 戦力として、箱の護送にきっと加えられる。
 夜の闇に溶ける青年。
 一度は届きかけた刃は、海賊の蛮行を阻むには至らなかった。
 彼らはきっと、海から来る。
 海賊だから、という短慮ではない。
 陸路は高い城壁に阻まれ、歩哨が警戒している。門を通る際は必ず一度は身元を改められるし、不審があれば荷も改める。忍び込むのは困難だ。
 海路だってもちろん、船や荷の出入りは管理されている。だが、港という場所はどうしたって、外界に向かって開かれている。
 そして船の一室一室、乗員の一人一人、荷の一つ一つを確かめているわけではない。そこまでの人出と手間は今のエスメールには捻出できない。
 夜明け前にハイデルランドを覆う厚い霧に紛れれば、侵入は容易い。
 不穏分子が街にもぐりむなら海を置いて他にないと定め、数日港に張り込んでいた。
 その日、往来を流れる人の中に銀色の髪を見た。
 老人のそれとは違う、水気を帯びた髪の光輪。軽い身のこなし。
 自然と目が引き寄せられた。姿をはっきりと確かめるより先に、姿は人並みに消えている。
 宵闇の中でも、あの若者の髪が黒や金でなかったのはわかった。陽の光の下で見れば、銀に輝く事もあるだろう。
 もしや、と思うより先に踵が浮いていた。

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