箱に秘めたる払暁の刃

1,剣士と海賊 その2

 スティルチの乗る船の後方、灯一つ通さずに航行する一隻の船があった。
 嵐でも揺るがぬ四本マストを備え、掲げられた旗は黒地に白いドクロの意匠。
 船の名はソラルヤーダ。船長レクター・ワードックとその一味の乗る海賊船だ。
 先ほどスティルチの視界を掠めたのは、海図を確認するために灯された明かりだった。
「親父、船が見えた」
 暗灰色の髪をした青年の言葉を聞いて、レクターは素早く明かりに覆いを掛ける。
「ようやく追いついたか」
 暗い上に霧で視界が悪い。顔を上げてもそこには船影など見えはしない。ソラルヤーダと違って明かりを消して闇に乗じていないとはいえ、まだ見張りすらその姿を捉えていなかった。
 だがレクターは年若い彼の言葉を疑わない。
「相変わらず夜目がきくな、よくやったぞショロトル」
 灰色の髪を撫で回すと、不服そうな顔をしたがあえて逃れはしない。
「ガキ扱いするな」
 掌の下から、控え目な抗議の声がする。
 彼の名前はショロトル・ストレリチアという。レクターの血の繋がった息子ではないし、一味に加わってからの日も浅い。それでも船長の右に座すことを許されるのは彼もまたアルカナの加護と奇跡を持つからだ。
 彼に与えられた力は、陽の光より薄暗がりに親和性が高く、海賊は肌に合っていた。
 ショロトルの報告から遅れることしばし、見張りが船影を捉えたことを告げた。
「ガキに切り込みは任せんさ」
 レクターが不敵に笑う。マンゴーシュを抜き放ち、前をゆく船を指した。
「いってこい、ショロトル」
 レクターの声に応えて、ショロトルは船首に走り空に身を躍らせる。海面に落ちる寸前、その体が夜の暗さに溶けるように搔き消えた。
 その姿を目で追えば、消える寸前に三日月を思わせる紋章が浮かぶのが見えたろう。
「よぉし、行くぞお前ら! ショロトルに手柄ァ独り占めさせんなよ」
 鬨の声が上がる。
 略奪の始まりが告げられた。

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