夜明け前、ハイデルランドを覆う霧に紛れて、エスメールの街に潜り込む。港より少し離れた岩場に着けると、ミカエルと荷を降ろしてからボートを引き潮でも海面に出ない程度の深さの場所に沈めた。
そうしておいた方が見つからないし、流される心配もない。
そして二人はどの関も通らず、誰にも見られずに街に入った。
街に入った後は、日が高くなるまで身を隠す。夜明け前の街をうろつくのは目立つ。宿屋だって店だってそんな時間にやってきた客は印象に残ってしまう。
幸いここは漁民のいる港町だ。人が動き出すのは早いから、あまり待たずに済む。
物陰にじっとしている間、ミカエルは体が震えていた。霧で体が冷えたのか。
(この程度のことで)
あまりの弱さに苛立ちを覚える。よくこれで生きてこられたものだ。
いつから世界はこんな子供が一人で生きていける甘い場所になった。
衝動的に覚えた反感を制して、冷静にその頭からつま先まで観察する。
これは、演技か?
俺の同情を誘っているのか。
手足を震わせる動作はそれらしいし外気も冷たいが、海上でこの子供は一度もそんなそぶりは見せなかった。ボートの上で夜気にさらされる方が、寒さは厳しい。その寒さを凌げるだけの十分な装備は渡した。
同情を引きたいのか。俺がそんな安い手に乗ると思っているのか。
だが、いいだろう。その安い策にのって同情を垂れてやる。簡単に騙される御しやすい人間だと思い込み、油断して本性を出すがいい。
旅装の中から毛布を取り出し、ミカエルにかぶせる。しばらくもぞもぞと毛布の下で動き回っていたが、布の下から頭も出さずに大人しくなった。
子供が落ち着いたので、街が目覚めるまでの一刻を、街がどんな風に動き出すのか観察することに費やした。
初めてくる街だ。人の流れと動きの全てを、肌で感じ覚えておきたい。そうやって細かく積み上げた経験が、咄嗟の判断に活きる。
港に勤めるものは、総じて朝が早い。
一番早く海に出た漁師が戻り、市場に魚を並べ始める頃になると通りにはグッと人が増える。
ここまでくれば、人混みに紛れられる。
「そろそろ行くぞ」
返事がない。
聞こえなかったのか。
「おい」
毛布はピクリとも動かない。まさか、このわずかな間に寝たのか。
違和感は一つの答えを得て、電流のように背筋を駆け上がった。毛布を引き剥がす。
その下から出てきたのは、路地裏に転がっていた廃材と最低限の荷物の膨らみ。それを背負っているべき子供の姿はない。
逃げられた。
街と人の動きを意識しすぎて、後ろが疎かになっていた。保護対象ではなく監視対象だというのに、あまりに迂闊だった。
子供が逃げたと思われる方向に走る。とっくに人混みに紛れているだろうが、金も荷物を持たずにいった。
何より子供の足だ。そう遠くにはいっていないだろう。
こんなくだらないことで、しくじってたまるか。
ショロトルは朝の港町を駆け出した。