なぜ。
その采配は悪い冗談どころか、悪意にしか思えない。
私は一体なにを間違えて、船長を敵に回してしまったんだろう。
「船を発ってからの行動は、一任する。最善と思うことをしろ。ミカエルとやらを街に送り届けたら、宝を回収して戻ってこい」
「わかった」
船長を前にした彼は、どこまでも殊勝だ。
そんな仕事はお断りだと投げ出してくれる場面ではないの。襲いかかってきた時の勢いはどこに行ってしまったの。
「な、なんで」
このままでは私の絶望に誰も気づいてくれない。
危機感から、ようやく声を上げることができた。
「なんで、その人なの。他の人じゃダメなの?」
「腕は立つ。安心して守ってもらえ」
船長は、豪快に笑う。二人の間に流れる静電気のようなピリピリした空気が見えないんだろうか。
それは腕自慢なのでしょう。そうでしょうとも。
二人になった途端に、そのご自慢の腕前で命を取りに来るに決まっている。
赤く染まった海。
もう息がないから、鼻も口も水に浸かったままピクリとも動かない自分。
そんなものが脳裏に浮かんだ。
折角ここまで生き抜いたのに。
船長はどんなにお願いをしても、決定を変えてはくれなかった。
誰がどんなに頼み込んだところで、最高権力者というのは下の人の意見を取り入れたりはしないのだ。
必要な食料と水、あとはいくばくかのお金と物騒なものを積み込むと、二人きりで海賊船を離れた。
一人で操舵できる小船で近くの島に向かい、そこから更に手漕ぎのボートに乗り換えた。
海賊が、櫂を操って先の見えない霧の中を進む。
少なくともボートを進めている間は、どちらの手にもナイフを持っていないということだ。
海賊は気味が悪いほどに静かで、出発する時に単語だけの短いやりとりがあった他は、会話らしい会話は一度もない。睨まれることも、武器を手に威圧されることもなく、拍子抜けした。
そうなると今度は、ただ座っているだけの時間が苦痛だった。
気を張っているつもりでも、代わり映えのない景色の中で揺れに身を任せていると耐え難い眠気に襲われた。
眠気で蕩けた頭に、舟を漕ぐリズムのズレが引っかかって夢の国に落ちて行けない。
何回かに一回、左側の櫂だけ動く。
両手で漕ぐと怪我をした方だけ、力が入らないから、曲がってしまうんだ。舟の進行方向を正すために、そちら側だけ多く漕がないといけない。
それじゃ、傷に障るんじゃないだろうか。
なにか、手伝った方がいいんじゃないか。
もうずっと沈黙が空気となってしまっていて、声のかけ方がわからない。
早く街につかないだろうか。
何もしないでいるという罪悪感が溜まっていく。
エスメールに着くまでの時間は、とても長かった。