Noisy Creature

箱に秘めたる払暁の刃

5,海賊と子供 その6

 長く話し込んでいたあと、子供は船医の元に預けられた。まともなベッドがある部屋が、そこか船長室しかなかったからだ。ショロトルが寄り付かないから、という理由もあったかもしれない。
 船長室から出てきた子供がどんな表情をしていたのかはわからないし、どんな話がなされたのかは知る由もない。
 だがどんな結論が出たかは、想像ができた。
 レクターはレクターで、直後にやってきたショロトルが何を言い出すかわかっていたに違いない。
 彼は船長室にはおらず、甲板で風に当たっていた。
 頭一つ分ほど高い場所にある横顔を見る。
 がっしりとした肩幅と太い腕と、たくさんの古傷。海賊の象徴ともいえるトリコーンと、風を孕んだ外套が縁どるその威容。
 水平線を見つめる横顔は、何事か思案している。ミカエルとかいう子供についてか、航海の行く末か。あるいは陸に残した何かに思いを馳せているようにも見えた。
 傾く太陽が、甲板に立つ二人の影を波間に落とす。船長の横にある、貧相な体躯。大人と子供。
 成長期が来れば伸びると皆言うが、声変わりもとうに終えた体が、目の前の背中に追いつく時がくるとは思えなかった。
 せめて心だけは、大人になれ。頭を冷やせ。くだらないことで激するな。
 息を吸い、心を鎮めてから声を掛ける。
「親父」
 単なる呼びかけの愛称ではなく、その男は船員にとっての家族であり、父親のような存在である。
「船倉の片付けは、終わった」
「そんな報告をしにきたわけじゃないな」
 情に厚く、懐が深い。だが時折、肉親では持ち得ない冷徹さと合理性を持って、ショロトルを判断し評価している。
 剣は不要と言われた。言われたままに力を示すだけの道具であれば、船には必要ないと。 
 ならば力以外に誇るものがない人間は、どうやって価値を示せばいい。
「あのガキ、送っていくのか」
「殺して海に沈めるのも、寝覚めが悪いだろう」
「ならエスメールの街には、俺が行く」
「ほう、どういう因果で気に入らないガキを助ける気になった」
 口角を持ち上げて、ショロトルを見やる。彼が感じているのが興趣なのか、呆れなのか判断できない。
「あのガキは、厄災の種だ。深く関わらないうちに、船から引き離した方がいい」
「ふむ。何が見えた、ショロトル」
 彼の船を預かるものとしての、冷静な判断に晒される度に考える。
 これは本当に正解だろうか。彼を失望させてはいないだろうか。子供だと、呆れられてはいないだろうか。
 その遠い背中が見ている景色を、捉えられているだろうか。
 確信を持てないまま答える。
 今のショロトルに理解できたのは、ミカエルを取り巻く陰謀の影。それに手を出してしまったソラルヤーダに降りかかりうる火の粉についてだけだ。

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