「ちっくしょう!!」
ショロトルは、船倉に入ってくるなり手近なものを蹴飛ばした。
「コラ、物に当たるな」
「そんなことだから、どやされるんだぞ」
すかさず船倉を整理していた二人が叱咤する。ようやく終わりが見えてきたところで、散らかされては堪らない。
もう二、三の小言を加えようと思っていたのに、口答えもなく片付けを始めたので拍子抜けした。反抗期の子供にしては素直な反応だ。
「そんなに暴れて、傷が痛まないのか」
黙々と片付けをする背中だけを見せていたショロトルは、しばらく間を置いてから返事をした。
「……痛い」
左腕だけ袖を通せないでいる服と、血のにじむ包帯をみて二人は苦笑いをする。怪我している間くらいは大人しくすればいいものを。
しばらくは動かせない左腕の代わりに足が出るに違いない。
「親父はどうした。子供が船に潜り込んでたんだろ」
「そのガキと話してる。俺は邪魔になるって追い出された」
ショロトルが唸るように呟く。
「ああ、親父は子供が好きだからなぁ」
海賊だが、非道ではないし非情でもない。訳ありの子供を見つければ、放っておけない。
それが、略奪者の本分を忘れて誰彼構わず救おうとするような偽善であれば、部下からの信を失う。
その点、レクターは己の手の届く範囲をよく弁えていた。彼の助けは正義や倫理ではなく、目の前の個人に対する情けだ。彼の情の厚さは配下からの人望につながっていた。
「密航者なんて珍しくもない。いちいちカッカしてたらキリがないぞ」
「大抵のやつは潜り込んでから相手が海賊だって気づく間抜けだ。たまに、宝の一つや二つ楽して儲けようとするふてぇ野郎もいるけどな。今回は海賊船だなんて気づいてもいなかったんだろ? 許してやれよ」
船に乗り込んだ子供は、レクターの懐に飛び込んでいるのだから、見捨てられるわけがない。気に入らないのはその裁定ではなく、それを勝ち取っていったあの子供だ。
「密航者じゃない」
荷物に隠れていた密航者ならばいい。金品を狙ったコソ泥ならば、それもまたいい。
だが、あの子供がソラルヤーダに乗り込むことになった事情は、そんな単純なものではない。
ショロトルは、船倉の中に件の箱を見つけ膝をつく。
体温はもう残っていないが、そこに人がいたことはわかる。何しろそれ自体が、初めから人を入れるように設えられているのだ。箱というよりは棺桶に近い。
動かぬ死者を入れるのが目的ならば、立派な錠前をつける必要などない。自ら中に隠れたのなら、内側に爪の跡など残らない。
極め付けに、箱の内側につながる手枷。
あの子供がこの中に拘束されていたことは疑いようがない。
錠前の方は壊れて、留め具に引っかかっている。
手枷の方にはこじ開けた形跡はないから、何かの理由で外していたのだろう。ずっと箱に押し込めていると衰弱死するから、船室では自由にさせていたというところか。
どんな人間を見張りに据えていたか知らないが、子供一人にどうこうできる相手ではなかっただろう。逃げたところで、海の真ん中では逃げ場などない。
そこに突然の襲撃。ワードック一味は速やかに船を制圧した。
手枷を掛け直す暇もなく、箱に押し込み錠をかけた。
船の襲撃の時か運ぶ際か、どこかにぶつけて錠が壊れた。
なんの幸運か自由を手にした子供は、自分がどこに運び込まれたかも知らぬまま、外に逃げ出した。
推測でわかるのはその程度だ。だが、それでもあの子供が厄介だと判断するには十分だ。
どんな事情だか知らないが、首を突っ込んで無事で済むとも思えない。
子供を船に乗せた時点で、いやそれよりももっと前、船を襲った時点で、そんなロクでもないことの渦中にいたのだ。
「気に入らない」
箱の蓋を閉じる。
豪奢に飾られたそれは、見た目だけは宝箱のように見えた。