箱に秘めたる払暁の刃

5,海賊と子供 その1

 安全な海域まで逃げた後、レクターは船内の様子を見て回った。
 死者はゼロ、怪我人多数。内、重症者が一名いるがとりわけ体が丈夫なやつだから、心配はないだろう。
 船は横っ腹に何箇所か穴が空いているが、航行に支障が出るほどの被害は出ていなかった。水や食料も、最寄りのアジトまで十分に持つ。
 今は怪我人を除く乗組員を動員して、砲弾で壊れた船内の片付けと補修をしている。
「今回は、骨のある相手でしたね」
 釘を打ち付けていた乗組員が、レクターに気づいて手を止めた。
「久しぶりに大砲をぶっ放しましたよ」
「久しぶりすぎて腕が鈍ったんじゃないか、俺の船が穴らけだ」
「いやぁ、かもしれませんね。全くこんなに食らっちまった」
 大げさに悔しがってみせるが、その顔は生き生きとしている。皆楽しかったのだろう。
 近頃はずっと船影を見せただけで、相手は戦意を失い降伏するような有様だった。
 万能感に酔いしれて気持ちが良かったのは、初めの数回だけだ。簡単すぎる仕事は味気なく作業に成り代わってしまう。
「ショロトルの野郎が来てから、楽になったのはいいが張り合いがなくて行けない。今回の山はあたりでしたねぇ」
「ああ、俺も久しぶりに血が騒いだ。本人はしばらくむくれてるだろうからな、精々からかってやってくれ」
 一通り船内を周り、全員に声をかけたあとレクターは宝物庫に向かった。奪った品を検分するためだ。
 盗品の中には、足がつきやすい物や金に変えにくいものがある。それらをいつどこで捌くかが次の航路を決定し、アジトについてから補給する物資の量を左右する。
 信用できる者が数名、先んじて大まかに分類している。食料や火薬のような消耗物資と、金貨のようなそれ自体が貨幣価値を持つものに分け、それ以外をレクターが判断する。
 まだまだ作業は始まったばかりで、それないりに整理がついてきたのは手前だけだ。数歩踏み入れば、ありとあらゆるものが投げ込むように積み上げられた、雑多な空間だ。
 ぐるりと部屋を見まわし、戦果を確かめたレクターは、その中の一つに目を止めた。
「おい、誰かあの中身を持ち出したか」
 指差した先には、宝箱というにふさわしい豪華な拵えの箱があった。錠が外れ、蓋が開け放たれたままになっている。
 鮮やかな中張の布の赤色が目を引くばかりで、中には何も入っていなかった。
「ま、まさか。親父を差し置いてそんなことするわけねぇですよ!」
「第一、あんなでかい箱の中身、懐に入らない」
「落ち着け、別にお前らを疑ってるわけじゃない」
 慌て出す二人を宥める。
 箱の傍らに膝をつき、中を調べた。
 赤いベルベッドの中張布の下は、クッションだ。過剰な程に詰められた緩衝材は、収められていたものの輪郭に沿って凹んでいる。
 クッションの凹みに手のひらを這わすと、端の方で手のひらがざらついた。土がついているのだ。反対側を確かめれば、布目に細い金髪が埋もれている。
 箱の蓋を閉じると、凝った作りの割に密閉性に欠けているのがわかる。まるで意図して、そう設計したようだ。
 答えをつかんだレクターが、ニヤリと笑う。
 箱の中身もその行方にも検討がつかない二人は、不安げに顔を見合わせた。
 豪奢な箱は拵えをみても大きさをみても、今回で最大級のお宝だった。中身も知らないうちになくなるとは、穏やかではない。
「ネズミが紛れたな」
 その呟きが、部下二人の顔色を変えた。
 箱にはまだ体温が残っている。それは中身が抜けでてからさほど時間が経っていないことを告げていた。
「何がいるってんです?」
 ただ気のいい船乗りではない一面を垣間見せながら、問う。
「子供、だな」
 クッションの凹みが教えてくれる侵入者の輪郭を確かめながら、レクターが答えた。

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