箱に秘めたる払暁の刃

4,本当の荷 その2

「まず、この街の由来から話し始めなければなりませんね」
 話しているうちに、ヴァネッサは落ち着きを取り戻した。
「始まりは、本当に小さな街でした。生きるために手を取り会わねばいけなかった人々のための、小さな共同体。
 街は次第に大きくなったので、規律を定め生活の基盤を整える存在が出てきました。街には統治者が必要になったのです。
 本来であればブレダ公国の只中に位置する街なのだから、エスメールもまたその統治下にあるべきなのでしょう。
 しかし、ここは北の地です。蛮族の脅威に晒され、長く厳しい冬に耐えねばならない。自らの判断で税を集め、防備を整える権を持たないことは死活問題でした。
 故に当時この街の顔役であった貴族、ゼネフェルダー家がブレダ公国と交渉しました。決して王家に仇なすことはないと誓い、同盟を結ぶことで自治権を得たのです。
 ゼネフェルダー家は、その時に国から同盟者であり、国土の一部を預かるものである証を授かりました。
 しかし、革命の動乱でゼネフェルダー家が絶えた時、証もまた失われてしまいました。
 慣例として、あるいは首都から離れているが故の、目の届かなさによって見逃されていますが、この街はすでに自治権を失っているのです」
 ヴァネッサが困ったように笑う。
 アルベルト・ゼネフェルダーが倒れ、実権を握ってもなお、領主代行などという周りくどい肩書きを捨てられない理由がそこにあった。
「だからって、今すぐ民が暮らす土地を取り上げたりはしないだろう」
「ええ、そうであると我々も信じています。ですが、もし証が失われていなかったら?
 保守派、前領主の時代へ回帰を望む派閥がそれを手にしたら、彼らはこの街の正統なる統治者を名乗ることができます」
 前領主に対する恨みの反動で、ヴァネッサに対する支持は厚い。領民を靡かせて足元を崩すことはできず、ヴァネッサを殺して頭を変えることもできなかった。ならば椅子そのものを奪ってしまえばいい。
 そんな都合のいい方法は、本来存在しない。だがこの街に限っては、民衆の支持なく正統な統治者になる方法が存在していたのだ。
「私たちは革命の後、証の所在をずっと探っていました。万が一にも保守派に嗅ぎつけられないように、秘密裏に。
 そして、街の外にいた仲間がようやく、手がかりを見つけてきてくれたのです。
 すぐさま厳重な警備の元、街まで移送したかったのですが、そんな動きを見せれば嗅ぎ付けられる可能性があった。 
 だから第三者の荷ということにし、高価な品を積み込むことで、厳重な警戒に理由をつけました。目くらましになってくれればいい、と思っていたのですが、裏目に出ました」
「つまりあの船に乗っていたのは」
「そう、あの船に乗っていたのは、かつてゼネフェルダー家がブレダ公国と結んだ契約を示すもの。エスメールの街の正しき統治者の証なのです」

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