船は三日ほどかけて帰港した。
乗員乗客ともに衰弱しており、すぐさま運び出され臨時治療室に運び込まれた。
スティルチも、ひどい空腹と喉の渇きを感じていたが、倒れるほどではない。
それでも医者の剣幕に押されて、一緒に担ぎ込まれた。問答無用で押し付けられた水とパン粥をすすっていると、壁際の置物じみた全身鎧の騎士が目に入った。
ヴァネッサの身辺を守り右腕として振る舞う騎士、ヴォルフラムだ。
しかし彼はひと時の同僚を慮って見舞いに来るほど、友愛の上に溢れた男ではあるまい。
まさかと思い室内を見回すと、彼のすぐそばにフードの女性がいた。顔を隠しているが、見る人が見ればすぐにわかる。
思わずパン粥を吹き出しかけ、激しくむせた。
隣の男が迷惑そうな顔で、後ずさった。
「大丈夫ですよ、胃が驚かないようにゆっくり食べてください」
すかさず看護師が駆け寄って、背中をさする。的外れな優しさに包まれるのはそろそろ精神の限界だ。
ヴォルフラムが顎で外をさし、意が伝わったことを確認するとヴァネッサを伴って外に出ていく。スティルチもそれに倣って、そそくさと退散した。
手続きをとやかく言われたら、現領主代理様という権力を拝領する他ない。
治療室の外に出、先に出た二人を追う。ヴォルフラムの全身鎧は、どこにいても非常に目立つ。
衆目のない場所までくると、ヴァネッサはスティルチに詰め寄った。
勢いでフードが脱げる。いつも隙がなく結い上げてある髪が、襟足にこぼれた。
「なぜ、こんな場所に」
「荷は、荷はどうなりました?」
二人の言葉が重なった。
港には砲弾の跡が生々しく残り、武装の剥ぎ取られた船がある。その中は空っぽだ。人は運び出されたが、荷はただの一つですら出てこない。
それが全てだ。尋ねるまでもない。
だが、彼女はスティルチの言葉を期待していた。全てを失ったは自明。だからこそ、大逆転の言葉を期待している。そこに一縷の望みをかけている。
ほとんどのものを失いましたが、肝心のものは守り通しました、と。
真実を告げるのは、大きな痛みを伴った。
「全て海賊に、奪われました」
「海賊に……」
ヴァネッサの顔から、血の気が引いた。色を失った唇がわななく。
今にも気を失ってしまいそうに見えた。ふらつき、壁に手を突いてなんとか堪える。
「箱も、ですか」
途絶えかけの息で、やっとそれだけを絞り出す。
「箱? どの箱です?」
箱に類するものは、たくさんあった。粗末な木箱から、豪奢な宝箱まで。護衛を任された荷は、それこそ目も眩むような品々だった。
ヴァネッサはそれには答えなかった。いや、答えられなかった。胸に手を当てる。そうして鼓動を感じなければ、自分の心臓がまだ動いているか確信が持てないようだった。
「あの船には、いったい何があったのです」
美術品や金貨も、いずれ価値があるものに違いはない。だが、ヴァネッサの人柄と、目の眩むような華美な品が繋がらない。富を失ったからといって、この世の終わりを迎えたような顔をする人ではない。
恩人のためと言っていたが、彼女にこの世の終わりのような顔をさせた人間が、拝金主義とも考えられない。
「高価な品々はただのカモフラージュ。本当に価値あるものから、目をそらしたかったのです」
ヴァネッサは、ゆっくりと語り始めた。