酒場の立ち並ぶ通りから、一本脇道にそれただけで人がほとんどいなくなった。擦れ合う鎧の音と石畳を歩く靴音が、夜の街ではやけに騒がしく思える。
教会の周辺は住宅街で、巡回する兵士とすれ違う以外に、街を歩いている人間はいなかった。警戒するような視線を投げかけられたが、呼び止められることはなかった。
すっかり立ち直って見えたけれど、未だ塞がらない内紛の傷が、欠けた建物のレンガや剥がれた石畳、住民よりも多い巡回兵の形で残っている。
それにしたって大通りから離れているのに、すれ違う兵士の数がどんどんと多くなってやしないだろうか。
酒場で教えられた道を進むと、ジェンテールフェンスで囲まれた教会の敷地が見えてきた。
入り口には、全身鎧の騎士が立っていた。
来訪者に顔を向ける動作がなければ、それに“中身”があるとはわからなかった。
城の回廊に並べておいたら、動く鎧の怪として噂になっていたに違いない。
「何者だ」
騎士は剣の柄に手を掛けながら、誰何した。
物騒な動作に、ケレイブは慌てて顔と両手を左右に振った。
「あ、あわわオレは泊めてもらいに来ただけで!」
不信感を拭おうと、顔を隠していた布を取る。しかし、騎士の態度は和らがない。むしろ、警戒を一層強めた。
「ウルフェン、だと。どうやってこの街に?」
「怪しいものじゃないっス」
知り合いの女の子に門番を言いくるめてもらいましたなんてことは、言ってはいけない。
「何をしているのです、ヴォルフラム」
思わず背筋が伸びる教師然とした声だった。騎士の後ろから聞こえた。
声の主がケレイブたちの方を確かめようと、ランプを掲げたので、相手の顔も良く見えた。柔らかな光に照らし出された顔は、まだ年若い女の人だ。切れ長の目ときっちりと結い上げた金髪が、怜悧な印象を作っている。
「教会は万人に開かれた場所です。むやみに人を遠ざけるのはやめなさい」
「私は御身の安全を最優先に考えます」
ヴォルフラムと呼びかけられた騎士は、元の動かぬ鎧の姿勢に戻った。
「驚かせてしまいましたね」
女性が謝罪しようと向き直り、ケレイブの顔を見ると、少し眉を持ち上げることで驚きを表現した。
傍に立つ騎士を促すと彼も、しぶしぶ頭を下げた。殊勝に振舞っているけれど、その態度にはまるで反省したところがない。
「や、オレも邪魔しちゃって」
「いえ、私たちはもう帰ります。どうぞ」
道を譲り、フェンスゲートから外に出て行った。傍に鎧の騎士がぴったりとつき、しばらく街路を進んだ後、巡回兵が加わって周囲を固めた。
従者を連れているなんて、きっと偉い人なんだろう。
気をとりなおして、教会の扉を開く。
燭台で照らされた礼拝堂は仄暗い。
長椅子に、一人だけ腰かけていた。
よほど熱心に祈っているのか、眠ってしまっているのか、扉の開閉の音にも気づかなかった。近づくと小声でブツブツとしゃべっている。
後ろに立ってやっと気がついたようで、驚いて椅子から立ち上がった。どうやらこの教会の主人のようだ。
背が高いが、線が細いので威圧感はない。驚きはすぐに柔らかい微笑みに変えて、神父はケレイブを歓迎した。
「ウルフェン、ですか。どうしてこの街に?」
今しがた、似たようなことを言われたところだ。とりあえず、警戒をされたり追い出されたりしなかったことに安堵した。
「お仕事たくさんあるって聞いてきました。でも今日泊まる場所がないので、助けてほしいっス」
「ええ、構いませんよ。部屋を用意しますので、奥で休んでいてください」
神父は鷹揚に笑った。