箱に秘めたる払暁の刃

3,語り部と狼人 その3

 前領主は異種族を嫌い、人以外を街に入れることを拒んだという。加えて獣人族は旧派真教シニストラリックから”闇の鎖に囚われた種族”と名指しされ、いわれなき悪評で虐げられた種族だ。その戯言を真に受ける人間は、意外と多い。
 悪法は撤廃されたが、意識下に刷り込まれた価値観は、一朝一夕には書き変わらない。
「人手が足りていないから、腕利きは歓迎されるって聞いてましたけど」
 突然話に割り込んできた少女に、門番は戸惑った。だが、整った顔立ちで微笑みかけられれば、悪い気はしない。無下にすることはない。
「それはそうだが、そもそも治安維持のための人員確保だ」
「武装しているだけでは脅威かどうか、わからないのではない?」
「だが獣人は……。」
 否定する言葉は出てこないが、納得はできていない。それはそうだろう。彼は自分の主義ではなくて、職務でそうしている。おいそれと立場は変えられない。
 ケレイブは固唾を飲んで、ことの成り行きを見守っている。
「獣人は街に入れないなんて、前の領主が定めた法でしょう? 今は公平公正な統治がなされていると聞いてますよ。同じ”口を聞く者”であるのに、相手が獣人というだけで拒むのは、正当な理由にはならないんじゃないですか?
 異種族だからという理由で拒んでいるのなら、これが美しきエルフでも拒むのですか。あるいは良き隣人のカヴィーナスなら? 技術を持ち込んだドワーフや深き森から出てきたエント、あるいは誇り高き狼鷲ならどうでしょう。それら全てに同じ対応をするというなら、それは公平でしょうね。でもあなたは、彼が肉体に恵まれたウルフェンだから街に入れたくないと考えているように見えます。
 不足する者を侮蔑するのが差別なら、恵まれた者を拒むのもまた差別ではない? 才能を怪しんでも仕方がないでしょ、そう生まれてしまったのだから。街の治安が危ういのなら、この戦士の力はきっと助けになると思います」
 内容のほとんどは右から左に聞き流され、理解できていないようだった。ただ途切れなく淀みなく紡がれた言葉の圧におされている。
 さらに言葉を重ねようと、口を開いた時とうとう門番は折れた。
「ああ、もうわかったわかった。わかったから、その小難しい話をやめてくれ。こちらとしては、上に怒られない形で報告書が書ければ、それでいいんだ」
「なら簡単です。法に従って公平な対応をした、と書いておけばいいんですよ」
 口元に意地の悪い微笑みを浮かべて答える。
「口の減らないお嬢さんだ。ウルフェンの兄さんも引き止めて悪かったな。とっとと通りな」
 さっさと行けと手を振る。肩の荷が降りてホッとしているようにも見えた。
 門をくぐった後も、二人は何となくそのまま連れ立って歩いた。
「お久しぶりです、ノエルちゃん。ホント助かったっス」
 ケレイブは尾を振って、ついてくる。
「それに関してはお互い様じゃ、わしも並ばずに入れて助かった」
 ちゃっかりと横入りを果たしたノエルは、笑う。少女の振る舞いが嘘であったかのような、年寄りじみた口調だった。それがノエルの平生であることを知っているケレイブは気にする様子もない。
「ズルは良くないっス」
「しかしもう入ってしまったじゃろ? 今更並び直しても、門番が混乱するだけじゃ」
「うーん、そう言われればそうっスね」
 あまり深く考えないことにしたようだ。

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