箱に秘めたる払暁の刃

3,語り部と狼人 その2

 門の前に集まっている人だかりは雑然として、街に入るのを待っているようには見えなかった。
 先に進むほど、野次馬の雰囲気が強くなる。人混みをかき分けて進むと、門の周辺だけぽっかり空いていた。
 その空白の中心で、門番たちと身の丈二メートルはある全身鎧の男が向かい合っている。どうやらあのにらみ合いが渋滞の原因らしい。
 見物人は、好奇を隠そうともしないが遠巻きに眺めるばかりで、会話が聞こえる距離までは近づこうとしない。
 興味があるにしては、人の輪が遠い。戦士の巨躯以外に人を遠ざける要因がある。
 重戦士の格好を、よくよく確かめた。
 兜には、変わった飾りが二つ付いている。腰からも変わった房飾りが垂れ下がっている。
 その姿に覚えのあったノエルは、野次馬の輪を抜けて騒ぎの中心に近づいた。
 親切な男が無謀な少女を引き止めようとしたが、細腕は無粋な男の手からするりと抜けていった。
 門番と戦士は、長い間そうして向き合ったままでいたらしい。
 話はとっくに堂々巡りの平行線になり、着地点を見失っていた。野次馬が結論が出るのを待ち侘びて壁を作っているので、後回しにしてハイ、次の人というわけにはいかないらしい。
 門番が何度も口にしたのであろうセリフを、噛んで含めるように言った。
「何度も言っただろう。身の証が立てられるものがないのなら、街には入れられん」
 鎧の戦士から、きゅーんと叱られた犬のような情けない声がした。
 事実、それは叱られた犬の声だった。
「このまま締め出されたら飢え死にしちゃうっス」
 声色にはまだ未成熟な若さが残り、世慣れぬ雰囲気が漂う。その顔は獣の形をしていた。
 狼の特徴を持つ異種族、ウルフェンだ。
 微妙な距離感の正体が、それで概ね理解できた。物珍しい異種族に興味はあるが、獣の相と優れた身体能力を備えた大きな体が恐ろしいのだろう。
 目があうと、獣人の青年の耳が活力を取り戻して天を向いた。
「ノエルちゃん!」
 ふっさりとした尾が左右に揺れ、足元を涼しくした。
 やはりケレイブ・ルゥだ。ノエルはその獣人の名前を知っていた。
「久しぶり。どうしたのこんなところで」
「この人が、街に入れてくれないんスよ」
 悲しげに耳を伏せ、尾が垂れ下がる。
 表情や言葉よりも真っ直ぐな感情表現は、心に突き刺さるのだろう。門番は悲しげな目から逃げるように視線を彷徨わせた。
「街の脅威になりうるものを、入れるわけにはいかん」
 やはりそんな理由か、とノエルは心中でため息をつく。

Page Top