遥か下で、波が岸壁に当たって白く砕けているのが見える。
町を見下ろす高台で、ショロトルは崖沿いをゆっくりと歩いていた。人よりも体は丈夫だし、身軽だ。滑落する心配は皆無だった。
すぐにここを離れなければならない。盗賊ギルドは追ってこないだろうが、身内の恥をあえて晒しもしないだろう。ギデオンが永遠に口を閉ざした以上、無実を証明するすべはない。
このまま脱獄した殺人鬼として、指名手配されることになる。港や関に検問が敷かれ出入りが監視されるようになる前に街から逃げ出した。
この先どうするか当てはない。旅の準備も、遠方までいく足も用意できなかった。稼ぎもギデオンにはめられ、兵士に捕まった時に奪われてしまったので、懐も寒い。
何も得るものはなかったが、悲劇の元凶は絶った。失われたものは戻ってこないが、何もしないよりはましだった。
これで許してくれるだろうか。
誰に許しを請うているのだろう。あの少年なのか家族なのか、わかっていないがそう問いたい気分だった。
何もない荒野に続く岬には、誰もいない。海と陸の境目に立っていると、自分が今いる場所が世界の果てであるかのような気がする。
沖に白い帆を立てた帆船が見えている。
船に乗るのもいいかもしれない。兵士の目を逃れて乗り込むのが面倒だが、一度沖に出てしまえばそうそう追ってはこれないだろう。
海を眺めていたとき、背後にある低木の茂みががさりとなった。
何かが走り出してくる。反射でナイフを抜きかけたが、飛び出してきた影は自分の胸より小さかったので、冷静になって相手の姿を捉えなおした。
それは子供だった。
なんだ、子供か。
いや、なんでこんなところに子供が、と思考している間にその子供はショロトルに体ごとぶつかった。
体が断崖に向かって大きく傾く。咄嗟に少年を崖と反対側に突き飛ばす。
彼の両手にナイフを握りしめられていた。
鮮血が散る。その赤色は自分の腹から吹き出ている。
痛みが全身を駆け上がる。刺されたことは理解した。理解したが、体が動かなかった。
なぜ、お前が、俺を。
「父さんと母さんの仇だ!!」
あどけなさの残る叫びが響いた。眦を決した少年の顔を見る。
ああ、そうかお前は俺が犯人だと思って、追ってきたのか。
俺と同じだと思っていたのに。
「強いな、お前」
俺は、できなかったのに。
足が地面を離れたら、もう落ちるだけだった。少年が何か叫んでいる。波と風の音がうるさくて聞き取れない。
こんなところでは死ねないと、ずっと思っていた。だが過去を重ねたあの少年が、ショロトルが選べなかった選択をしてくれた。誤解でも間違いでも、彼の中で復讐は遂げられた。きっと恨みと後悔の先に進んでくれる。
なら、それでいいんじゃないか。
海面に体が叩きつけられる衝撃。波に揉まれ、上も下もわからなくなる。
そして、静寂に包まれた。