琥珀糖、白玉とソーダの夏


Tidalwave_逃れようのない波
 同じクラスの仁井 なでしこと釣井は甘いもの仲間だ。
 お互いにおすすめのスイーツ情報を交換し、気になる店が会ったら放課後に一緒に食べにいく。二人いれば、期間限定の味も二種類楽しむことができてお得だ。
 同級生と比べて釣井はかなり背が低い方だが、仁井はそれよりも小柄だ。甘え上手で屈託のない彼女とは、兄妹のような付き合いをしていた。
 授業が始まるまでの空き時間でも、二人揃えばすぐに市内の甘いもの情報をチェックする。
「……なでしこはチーズティータピオカについて、どう思いますか」
「釣井、食べにいくのか」
 仁井がハッとした顔をする。
「迷っています」
 ベースは中国茶だからさっぱりしているが、甘いチーズとクリームがたっぷり入ったそれは、飲み物の括りで片付けるには些か以上にしっかりとお腹に溜まる。そこに更にタピオカを足したのがチーズティータピオカである。
 タピオカ自体が、そもそもおやつの気楽さで手を出せるものではない。主食に用いる国があるというのも納得の、純然たるデンプン質である。もちろん市内の甘いものを次々と踏破してきた二人なのだから、飲みきれないわけはない。
 しかし、少しばかりの覚悟が必要なのは確かだった。
「ただのタピオカミルクティーもあるぞ、釣井」
「でも、チーズティーがあったらせっかくだから、チーズティーがいいですよね」
 こればかりは、コンビニや他の店では代用できない。
 二回行って別々に飲めばいいというのは、理性の囁きだ。だが甘いものを食べたいという気持ちは本能的だから、相入れない。他の物も食べに行きたいし、何より資金の問題もある。釣井はアルバイトをしていないのだ。
「うむ。タピオカ難しいな」
「要はもちもちしてればいいんだから、白玉ですよね」
「私は最近、白玉を作るのがうまい」
 神妙な顔で仁井が言う。
「作れるんですか⁉︎」
「簡単だぞ。ふにふにしてて気持ちいい。一緒にやるか?」
「や、やりたいです」
 みんな、釣井よりも料理が上手だ。だから教えてもらいながら、最近少しずつお菓子作りの練習している。白玉はまだ挑戦したことがなかった。
 釣井にとって白玉とは、あんみつ屋でトッピングで追加してもらうものであり、コンビニスイーツでたまに見かけるものでしかなかった。白玉を自分で作ることができたら、いくらでも食べられる。しかも何を合わせるのか自分で決められる。
 みたらしとか、黒蜜きな粉とか。
 でも気温も高くなってきたから、フルーツポンチにするのも良いかもしれない。
 どうせ作るなら友達も呼んでみんなで食べたら楽しいし、たくさん作っても食べきることができる。
 幼なじみの平と、上村や鰐川にも声をかけ、早速次の週末に白玉パーティーを企画した。
 両親は、釣井が友達を家に呼びたいと言うと、快くリビングとキッチンを使う許可をくれた。
 その日は、寝起きが悪い釣井にしては珍しくいつもより早く目が覚めた。
 休日なのに、平日並の起床時間だ。来客がたくさん来るし、やることも多いのだ。
 身嗜みを整えて、階下に降りる。友達を迎える準備をしないといけない。
 洗濯物を片付ければとりあえずリビングとキッチンは見れる状態になる。人に見られて困るような生活感は滲んでいない。
 あと前もって済ませておくべきなのは、氷の準備だっただろうか。たくさん必要だと仁井と平からアドバイスをもらっている。
 白玉を茹でるときのために。あとはフルーツポンチのシロップにも入れて、冷やして食べる。
 ドアチャイムが鳴る。
 他のメンバーに先駆けて、平がやってきたのだ。家が近いから調理器具を持って先に、準備を手伝ってくれる。大したものは必要ないが、そもそも普段料理をしない釣井家には調理器具が少ないのだ。
「しの、ボール足りないだろうから持ってきたよ。あとタッパー」
「タッパー?」
「たくさんできるだろうから、みんなが持って帰れるように」
「なるほど!」
 やはり料理ができる人の方が、目端が効く。釣井の家に大量の白玉が残っても、食べ切れるかどうかわからない。
「他のみんなは何時ごろだっけ」
「たぶんあと一時間くらいで着くと思います」
 今は合流をして、みんなで買い物をしているところだろうか。
 白玉粉とフルーツ缶。あとはサイダー。
「あ、これ前作った琥珀糖の残り」
 平がテーブルの上の密閉容器に気がついた。
 乾燥剤と一緒に閉じ込めた色とりどりの琥珀糖が並んでいる。それは先週に友達と作ったときの残りだ。こんなに大量になるつもりはなかった。食紅を扱い慣れなかったせいだ。
 量を間違えて不透明プラスチックみたいな色になってしまったのを、なんとか薄めて琥珀糖らしい水晶のような色に戻そうとしたら、食べきれない量の琥珀糖ができていた。クラスメイトに配ったり八万に渡したりしたのだが、いまだに釣井家にはたくさん残っている。
「そう。オレしか食べないからあんまり減ってないんだ」
「これも入れる?」
「入れていいんですか」
「いいでしょ。たぶん綺麗だよ。サイダーに入れてもおいしいし」
「みんなが来たら、入れていいか聞いてみます」
「早く来ないかな」
 キッチンの準備を整えると、平はソファに体を投げ出した。
 やがて、買い物をしていた三人が釣井家に合流した。仁井を呼ぶのは初めてだが、他の二人が何度か来たことがあるから一緒に来れば迷うことはない。
「釣井の家だ!」
 物珍しそうに見回されると、何か妙なものが置きっぱなしになっていなかったか、不安になる。洗濯が終わったばかりのパンツが出しっぱなしになっているとか、小学校のときのアルバムがすぐに目についてしまう場所にあるだとか。あとは自覚がないけれど、他の人の家には置いていないようなものだとか。
 変なものはない、たぶん。自宅というプライベート空間の比較対象が平の家くらいなのだが、中学生の一華が見ても問題がないものしかないから、同級生の仁井に見られても問題はないはずだ。
「今日はよろしくお願いします、師匠」
「うん、任された!」
 仁井が胸を張る。
 今日のメンバーで料理を不得手とするのは釣井くらいだ。調理も茹でるだけだし、みんなの指示をちゃんと聞いてやっていれば、失敗することはない。たぶん。
 だが、もしかしたら万が一ということもある。初めてのことを試すのは、いつも緊張する。
 買い物の精算はまとめてあとでやることにして、テーブルに買ってきたものを広げていく。フルーツ缶はまだ出番がないので邪魔にならない場所に片付け、サイダーは早いところ冷蔵庫にしまう。
 ボールを用意して白玉粉を開封しようとすると、二種類あることに気がついた。
「よもぎ味だ」
 平が横から覗き込み、パッケージの文言を読み上げる。
「買い物をしているときに、空人っぽいと盛り上がったんだ。どうせなら味が多い方が楽しいだろう」
 鰐川が笑う。
 髪の毛を緑に染めている上村には、色合いから何となくよもぎのイメージが付き纏う。コンビニで草餅を見ると、空人ですねなんていう冗談が飛び出すくらいだ。
「空人、ついに白玉になっちゃったんですね」
「ついにって何?」
「よもぎ味、良いね。あ、そういえばさ琥珀糖も一緒に入れたら綺麗じゃねってしのとさっき話してたんだ」
「お、まだ残ってんだ。使っちゃおうぜ〜」
 言いながら空人は、密閉容器を開けて一つ口に放り込んだ。白玉ができるまでのおやつに、ちょうど良さそうだ。
「食紅もまだ残っているんだろう。白玉に色でもつけてみるか?」
 鰐川が琥珀糖を見ながら、思いついたように言った。
「カラフル白玉! やったことない。やりたいやりたい」
 仁井も乗り気だ。
「レゴブロックの再来にならないようにしましょうね」
 あのときは寒天を増やして琥珀糖の総量を増やすことでことなきを得たが、白玉はそこまで日持ちしないし、粉の予備もない。
「じゃ、白くするやつとそのまま作るやつ分けようぜ。しのは初めてだから、そのまま混ぜるだけの方で。色付きはそっちでやろうぜ」
 平がてきぱきとボールと粉をそれぞれに割り振っていく。
 釣井は仁井に習いながら、恐る恐る粉に手を差し入れて捏ねる。
「耳たぶの硬さってなんですか」
 どのメーカーの白玉の作り方説明を見ても、その文言が書いてある。白玉といえば耳たぶというは、常識なんだろうか。試しに自分の耳たぶに触ってみる。
 ふにふにしていたが、耳たぶの硬さは人によって違うんじゃないだろうかという、身も蓋もない感想を持つ。
「ふにふにしていれば、何とかなる」
「ふにふに……」
 確かに、白玉はふにふにとしている。色合いも相まってなんだか紙粘土のようだ。
 団子を千切って丸くする頃合いを見計らって、平が鍋でお湯を沸かした。
 換気扇をつけていても、家の中にむわとした熱気が満ちてくる。
 形成が終わった白玉から、お湯の中に沈められていく。着色済みの方は、お湯に色が移らないように最後に回す。
「しの、せっかくだから見る? 火が通ると浮かんでくんの」
「見たいです」
 白玉粉を捏ねながら、鍋の側に行く。
 鍋の中でぐつぐつとお湯が沸き立つときの泡に持ち上げられるようにして白玉が浮いては、沈む。重力が弱まったように、徐々に沈むまでの時間が短くなっていき、やがて水面に浮き上がってきた。
 キッチンに全く立たない釣井より、むしろたまに遊びにきて料理をしていく平の方が、この家に詳しい。勝手知ったる様子で製氷機から氷を出して、ボウルに足す。
 茹でたての白玉が泳ぐ冷水は、すぐに生温くなっていくのだ。 
「釣井、丸めている内に生地が乾いてくるから、手を濡らすといいぞ」
 そうすると生地に水を足すよりも、ちょうどいい硬さになる。
「どうですか、師匠」
「うむ、良いぞ釣井」
 仁井がしかめつらしい顔を作って頷くのが面白くて、笑ってしまう。
 手の中にある白玉粉の塊は、揉み心地がいい。
 それが耳たぶかどうかには最後まで確信が持てなかったが、たくさんの白玉が氷と一緒にボールの中で揺れていた。
 冷やしたあとの白玉はザルに上げて、軽く水を切る。フルーツ缶の出番だ。
 見栄えがいいようにガラスボウルに入れる。
 とろりとしたシロップを白玉の上から注ぎ入れて、サイダーで割る。
 果物は包丁を入れて、白玉と同じ大きさにしてからボウルに戻し、琥珀糖も加えて一緒にかき混ぜる。
 シロップ漬けの果物と、琥珀糖、そして色のついた白玉がサイダーの泡を纏いながらくるくると揺れる。
「綺麗」
「うまくできたな」
 顔を見合わせて笑う。
 それは、夏の色をしていた。

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