休日は家でごろごろしていたいけれど、古き良き日本文化の残る田舎に住む私は初詣に出かけた。
手にしているのはお賽銭用の小銭と甘栗だけだった。和服を着る根性がなかったので、せめても、とジャージを着替えて寒い日にわざわざ外にでた。
それなりに天気は良好。晴れているので、一月にしては暖かい。
道路は解けた雪で水浸しで、泥だらけだった。
着物じゃなくて良かった。
歩くこと十分。泥の上に幾つも足跡がついている。既に何人かここに来て、そして帰ったらしい。
でも、人で賑わっているなんてことは勿論ない。なにしろ田舎なのだから。本当はもう少し賑わう神社が近くにあるのだが、私はこのマイナーな方を好んでいる。勿論お守りなんて売ってないし、人もいない。
さっさと詣でて、暇をつぶすためにその辺をぶらぶらとする。少しでも長く外にいるのが、私の義務らしかった。家に帰ると、コタツにみっちりと家族全員が詰まっているものだから。
新年早々営業を開始する店に行く気分でもなく、本音をいうなら動きたくない、寝正月を過ごしたい。でもお腹がすいて目が覚めちゃった。そういう人たちだ。私もその一人なのだけど、末っ子は立場が弱い。
わざわざ人がいない方に来たのは私なのだけど、全く人に全く会わないのも、つまらないものだった。
「そっち行くとどろどろになるわ」
ビックリしてそのどろどろのところで転びそうになった。体勢を立て直した私の運動神経、現役を退いてしばらく経つけどなかなかのものだ。
神社の粘土質の土はよく滑る。着物じゃなくて良かった。
いったいどこに隠れていのか、ちょっとムカついた。でも忠告してくれたんだと思って、すぐに怒りは静まった。もともとそんなに短気ではないし、感情の起伏も激しくない。
そうして声のしたほうをみると、そこにいたのは金髪で巫女服の美女だった。
絶句。固まった。他にリアクションが取れなかった。
この片田舎に。新年早々わざわざ神社に来てコスプレかッ?! ちなみに本物の巫女はこの神社にはいない、念のため。
よくよく見たら、目の色も黒じゃなくて自分の認識が多少間違っていたことに気付いた。誰だ、観光客に妙な日本の知識を埋め込んだ人は。誰だ、その赤と白の衣装のレンタルを始めたのは。
いつもここには人がいないのだ。誰が管理しているか知らない。多分地域の誰かだ。
その人は妙にフレンドリーで、慣れない筈の巫女服も妙に体に馴染んでいるようだった。随分とスタイルがいい。和服は寸胴の方が似合うって聞いたけど・・・。
「その袋、何が入ってるの」
興味津々のようだった。一応体裁は整えて、巾着に入っている。コンビニの袋に入れて持ってきても良かったのに、姉に止められた。
コンビニ袋もゴミ袋代わりに入っている。これは外で食べてこいということかと真剣に考えさせられた。
「甘栗です」
「甘栗?」
果たして、甘栗という言葉が通じただろうか。説明は面倒臭いから、スウィート栗とでも言っておこうかしら。
「なんで甘栗なんて持ってきてるのあなた」
通じた。そのことに驚いて危く何を言ったのか聞き取るのを忘れる所だった。なにしろその時の私の意識は、彼女は天津という地名も知っているかという事に傾いていたのだから。
そうだ、新年早々神社にいるからには、長く日本に住んでいる可能性もある。これも一種の偏見という奴ですね、先生。
「生存競争が激しい家なんです」
彼女は納得したように頷いた。
「随分、強かなのね」
強かというか、ひねくれているというか、性格が悪いというか。
甘栗が好きなんです。コタツで食べるみかん以上に。
それが遺伝かどうかは知る術はないが、家族全員の間で交通の認識だった。
「ねぇ、稲荷寿司あげるからそれちょっと分けてくれない」
いつの間に持ってきたのか、彼女の手には白い皿にのった稲荷寿司。
「毒?」
「毒じゃない!」
怒られた。当然ですか。
正直甘栗と稲荷寿司じゃ価値が釣り合わないんだけど、私もそこまでケチではなかった。
甘栗と稲荷寿司。物々交換。
稲荷寿司は少し乾いているけど、十分美味しかった。かなり冷たい。冷蔵庫というか冷凍庫に入っていそう。
金髪巫女服さんは、甘栗を剥いておいしそうに食べた。どうやら爪が黒くなるのとかは気にならないらしい。
「よく食べるわねぇ。あなたちょっと非常識よ。毒が入っているとか思わないの?」
それは彼女にも言えることだった。
「はあ、でももらった食べ物に毒が入っているって思うのも割と非常識ですよね」
ちょっと世間を疑いすぎというか、サスペンスの見すぎというか。
「それね、そこの稲荷のお供えなの」
流石に噴いた。胃に入っちゃったじゃないか。
いや、それ以前に口に入ってるか。
いや、そうじゃなくてなんてものを食べさせるんだ。お供え物って、やばいでしょうそれ。私は近所の野良犬ですか。
「殺されますよ」
勿論比喩的な意味で。たたられるとか怒られるとかはするでしょう。
「私は殺さないわよ」
「誰もあなたが殺すなんていってませんよ」
子供みたいな笑い方をする女性だ。悪戯にしてはちょっと性質が悪い。
「なんでそんなもの食べさせるんですか!」
私は人とちょっとずれた感覚を持っているらしくて驚きこそすれ、本気で怒ろうという気はあまりしなかった。
やっぱり彼女は日本の人じゃないんだろうな、と思っただけである。
「油揚げ、嫌いなのよね」
誰もあなたの好みは聞いてない。ということは、油揚げが好きだったら食べたってことですか。
聞きたかったけど、即答されても困るので聞かないでおいた。
「大丈夫よ、きっとここのお稲荷様も油揚げばかりで飽き飽きしてるわ」
それにしても流暢な日本語を話す。
「そうですか?」
「そうよ」
あまりに自信満々に断言されるから、そんな気がしてきた。そうだよね、狐ってあんまり怒りっぽい感じしないし。いや、でも狐にたたられる昔話があったようなきもする。
それに私は被害者であって、主犯はこの女性である。そこのところヨロシクおねがいしたい、お狐さま。
「それじゃ、私いくわね」
神出鬼没。嵐のように過ぎ去るつもりらしい。
「あ、甘栗返してください」
顔をあげた時には誰もいなくて、私は途惑った。
一つだけ助かったのは、お皿ももっていってくれたこと。
仕方がなく、私は途惑いながら家に帰った。
あの女性は誰だったのか、一体なんなのか調べようと思ったのだけど私以外に会った人はいないらしく・・・。
近所の人に聞いて回っても、そんな人間はいないということで・・・。
そんなこともあるだろう。と納得した私はやっぱりちょっとずれた感覚をしているらしい。